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天然酵母パン『Seedfolks』のブログ
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毎日、暑いですね。
夏休みのスタートと同時に子供達と過ごした花坂村。
朝起きてご飯を食べて、散歩に行き、ひとつの机で勉強が終われば、
ほな。いこか。(笑)







あれ?
通りすがりの国王ですね。

時間を好きなように一番気持ちいいリズムでフルに使う。

静寂の音を聴き、風の中で眠り、水の中で遊ぶ、皆で働き、皆で食す。
暗闇で話し、光に感謝し、皆で眠る。
これが、幸せ。
これが、全て。

でも、この日常の中で「わからないこと」が、どんどん増えてきてるように思う。
3.11から2度目の夏。
この国を動かす力のある人は、その力を国民に注ぐことなく、原子力に力を注いでいる。

厚生労働省の患者調査。
平成23年分がない。
国の統計なのに非公開。
これは、どういうことでしょうか?

チェルノのベラルーシでは25年で人口が3分の2に減少。
1番の要因は子供として低線被爆した若年世代が成人となり子供を生む段階で発生した奇形と先天性疾患による出生率と生存率の低下。

これは、日本がこれから向かう「ひとつ」の道。

私が与える食事は例え放射能検査済みのものであっても安全なものではない。

31核種ある放射性物質の1種類のセシウムのみを検査済みと言っているのだから。
残り30種は測定すら無理。
見え隠れしてたものが見え出したら、西に逃げては困るから西でも煙りを上げる。
食品汚染はどんどん深刻になるだろうな。

今後は産地で安心と言えなくなる。
規制と対策がこれでもかというほど手遅れだ。
食品のひとつ、ひとつを測るしか安全性の確保ができない。

大量供給の給食が一番問題だ。
これは大量殺戮でしょうか?

日常の異常。


異常の部分を外した世界もあり。

だと最近思います。







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人間は本来、「楽しいと心から感じること」をしている時、持っている能力が最大限に出るらしいのですが。


奇跡や喜びが人から与えられていたとしても、「与えられていること」に気がつかなかったら得ることはないし、起こる奇跡も起こらない。
本来の楽しさや喜びを知っているだけで人から見て不幸事でも当人にとってはお構いなくと思っているかもしれない。
誰の目から見ても裕福で賢く、幸せそうに見えていようとその心はどうなのか?
小さな時から「楽しむ」ことを与ええられている子供はトモダチが死んでしまうまでイジメぬき追い込むことはできない。

心があるから。

子供達が幼い頃に住んでいた山の納屋にある日、野うさぎの親子が迷い込んで来ました。
台所でお昼の用意をしていると「かあちゃん、ウサギやっ」と興奮状態の長女。
「捕まえたいっ」と言うので「よしっ。捕まえるか」と3人の子供と母。
納屋に行くと2人の子供達が納屋の前から追い込んでウサギの親子は隅の方で隠れています。
「かあちゃんは納屋の後ろに回って穴が開いてるからそこから捕まえてっ」
「任しとけっ」
と張り切り納屋の後ろに回り込むと彼女が言うように開いた穴からウサギのお尻か見えています。
興奮しながら全員が見守る中、そ~と手を入れグッと掴む。
「やった~~捕まえたでっ」と私。
「わ~やった~」と聞こえてもいいのですが、お通夜のように静かです。
「あれ?」と思い手を抜くと可愛いウサギの尻尾だけが私の手の中に。
ホラーです。

「かあちゃんのあほーーーっ」と皆、蜘蛛の子を散らすように走って逃げ、一人残された私は、あほ呼ばわりされた上、なんて酷いことをしてしまったんだろうと手に残った尻尾を見つめ落ち込んでいました。
そこへ大根を持ってきてくれた近所の爺さんが「縁台で子供ら皆、泣きよるけどうしたんか?」と「私も泣きたいわっ」とちぎれた尻尾を見せると。

「野うさぎの尻尾か?それはいい。あんたんとこは女の子ばかりやから、ええポ~シェ~~ットができる。」とそれでなくてもでかい鼻の穴を全開にし、どや顔で言われた。
「耳は致命的だが尻尾で命を落とすことはなし」と大根を置き帰って行った。

子供達が大きくなった今。
この日のことが強烈に記憶されているようで、一つの命や一つの体の大事さが子供達の心に刻みこまれている。







昨日は七夕。
星が綺麗に見える七夕はめったにないらしいのですが。
前日の恐ろしく降った大雨と嵐が澄んだ空気に変えてくれたおかげで、
何とも綺麗な星空でしたね。
そして、昨日の七夕フルコースは山の間からでっかいお月様と、満点の星と、
蛍の光付きでございました。
夜の月明かりに満開の蒼い紫陽花は怖いくらい綺麗に白く浮かび上がります。


「夜が明ける前が最も暗い」と云いますが。

日本の今と、この言葉が重なってしまいます。
日本は何処へ向かうのだろう?と野田のおじさんお任せパックを考えるより。。
自分はどうなのか?
何処へ向かうのか。
役割は何か。
行動し、形にし、与え、クリエイトする。
おまかせパックでは。
日本は変わらない。
原子力も変わらない。

自分自身が変わることが、日本を変えるんだ。






















6月30日の関電デモ。

2ヶ月間、原発ゼロ知ってましたか?
原発はいらない。
7月1日に福井の大飯が午後9時に再稼動する。
関電から大飯へ。



黙っていると賛成と見なされるので声をあげに行く先では、関電でも政府の人でもなく、機動隊と警官に「再稼動反対」と訴える。
私達の税金で私達を守らず、何を守ってるんだ?
再稼動する前に9ヶ所もの故障。
大阪まで100キロ、和歌山まで150キロ。
原発下の活断層。
原発ひとつで全てが消える。子供でもわかるわ。

再稼動反対と多くの市民が雨の中、朝まで訴えても「原発なしでは日本の未来はない」と稼動させた。



「自分の子供を盾に」「危ないと訴えている原発に子供を連れて行く考えの甘さ」と報道されてますが、甘さではなく、覚悟だろうと現地で感じた。
見て来た事や聞いた事を帰って子供達に話すと「どうして連れて行ってくれなかったのか」と言われた。
「私らは怒ってんねん。原発はやめたと言うてんねん。なんでわからへんのや?」
中2の長女は本当に怒っている。
怒りすぎて昨日は眠れなかったようだ。

帰ってきて道沿いのtutaya渋滞。
暇を潰すために2時間のdvdを見るのか。。
そのdvdを2枚見れば、大飯に着くのにな。と私が見ている現実と彼らの現実には同じ時間が流れているのに皆、命に関心がない。


「温度計が壊れました」「タンクに穴が開いてます」「ストロンチウムが漏れてるようです。」
「4号機が冷えてません」「あと60時間です」これを1年半やっている。

何かあったらどうするんだ?と言ってる訳じゃなく、ぶっ壊れてますよ。動かすどころか動いてなくても危険ですよ。だから要りません。必要な電気は自分達で作りますから。と訴えてるんだ。
大飯原発再稼動をキーに伊方原発が次に動く。
半島にあるやっかいなこの原発は山口県祝島の裏側に40年前レンガ工場を建てると言い、こんなん出来ましたと原発が建った。
祝島の表側、長島ではまた新たに原発を建設中だ。
表と裏が原発に挟まれる。
大飯、美浜、するが、文殊とドミノのように原発が並ぶ。

再稼動した事で私達がへこむと思うのか?
よけいアドレナリンが出るわ。
再稼動しても再稼動に反対だし、声は上げ続けるし、原発なしで暮らしてみせる。

原発は電気に繋がるものではなく、戦争や食の安全や、ワクチンの接種に命のない種など、原発だけでなく騙されてる事全てに反対だ。
愛のない人は権力や利権を守ろうと必死だが、愛だけで動いてる人間の原動力には終わりなんかない。
権力や利権こそ終わらせるべきものだと思う。
壊れたまんまのフクイチ原発と再稼動する原発と瓦礫のばら撒きで、デモ自体が拡散されている。問題のばら撒きで一箇所に集まることが難しい。
occupy.
占拠。
豊かな美しい土地は原発を建てるためのものではなく、豊かさや美しさを維持するために市民が安心して暮らすことができるよう取り戻す。













先週、韓国に行ってました。
母と叔母に「冥土の土産に韓国に連れて行って欲しい」と頼まれ、私だけ行く事が出来ないので学校を休んで子供達、4人とばあちゃん2人を連れ添乗員して来ました。

3.11以降福島に住む叔母夫婦は2週間ほどこちらで家を探していたのですが、体が不自由な叔母にはかかり付けの医者がいて、こちらへの引越しの際、色んな条件をクリアできず、自分達だけ福島に残る判断をしました。
放射能の事も勿論理解した上での判断です。

別に買い物目的でもなく、韓流好きでもなければ、キムチも食べられない。
なぜ韓国なのか?と叔母に尋ねたら、「飛行機は長くは乗れないし、何より福島、日本を離れた所から見たかった」と。

「未来を担うためにも原発再稼動を」と、この国を動かす人は言っている。
呪い殺したい。と心から思いました。

大飯原発は内陸の活断層が動くと直撃だから制御棒を入れる時間もない。
しかも、大飯原発は加圧水型だから地震で誘発されて事故になった時メルトダウンするスピードは物凄く速い。
そして、1万人デモの報道もなし。

10年先の日本のことをもし、考えてくれたら、向かう先も変わるのに。
もう、そんな期待も持ってないですが。

東京に集まった野菜はその周辺にまかれ、其処から地方へ、そして東北へ上がり、関西に運ばれ最終給食の材料になる。
無茶苦茶だ。

壊れたほりっ放しの原発も、瓦礫のばら撒きも、給食のクソミソも、嘘の報道も未来のためなのか?
10年先の日本が今のように騙しながら日常を続けることが出来るのか?
実際、もつのか?
蛇の皮一枚で繋がっている日常もいつか終わる。

終わりの次にくるのは始まりですが、終わりと始まりの間にいる今。
見えるものは其々違うようだ。
こう在りたいと願うヴィジョンは、化け狸のオジサン達 にはわからない。
大事な命を狸親父達に委ねてはいけない。







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